2015年2月1日日曜日

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無題

 過日、酒の出る会合に出席するので車をやめて島鉄に乗った。東大屋の駅を夕方の六時二十分発のディーゼルカーである。車社会の時代などで乗客も少ないだろうし、沿線の風景を眺めて身を列車の揺れに任せているのもわるくないと思っていた。
ところがこの時間は高校の下校時に当たっていて座席のほとんどが埋まっていた。目的地が駅にして三つ目なので乗降口に近いところに立つことにしたが、そこには十名近い生徒が陣取っていてつかまる物もないのでやむなく車内の中央部まで進んで通路に立った。
ふと座席に目をやって、オヤと思った。座席にかけている生徒たちの多くが男女で相席をしているのである。そして明るく屈託のない会話を交わしている。中にはスナック菓子を分け合って食べている男女生徒もいる。その雰囲気に不自然さが微塵も感じられない。私は不思議な物を眺めているような気持を味わっていた。しかしそれは決して不快なものではなかった。黄昏のはじまっていた窓の外に目を転じながら“オレたちの時代は、こんなではなかった”と心のうちでつぶやいていた。と腰のあたりを軽く叩いている者があるのに気づいた。振り向くと、一人の女子高生がさわやかな笑顔で見上げている。顔見知りの子かな、と思ったがそうではなかった。
「どうぞ・・・」という彼女の手は案内のしぐさで前の席を指している。
「ありがとう。でも、すぐおりるから」と私は礼を述べて通路を戻りはじめた。振動に用心し、背もたれの角をつかみながら進んだ。そのときブレーキの音が響いて列車は停止状態に入った。私は背を反らせて足をふんばろうとしたが、大きく前へつんのめっていた。辛うじて転倒はまぬがれた。
“こんなではなかった”私は胸のうちでつぶやき、最近、この言葉をつぶやくことが急にふえてきたな、と気づき頭を振った。
(勤)
平成九年元旦

 平成九年元旦の朝、国道二五一号線を深江から口之津に向けて車を走らせていた。有明海の彼方に太陽がのぼり、その光が一条の帯になりキラキラ輝いているのを見た。帰宅して来客用の鍋の準備にとりかかろうとしたとき稲妻が走り、雷鳴がとどろいた。不意打ちをくらったような気分になった。
来客と新年の挨拶をかわして酒をのみはじめた頃に鍋が煮えてきて、部屋には湯気が立ちこめてきた。賑やかな語らいが途切れたとき雨の落ちる音を聞いた。しばらくして強い雨足に変わった。あたりが暗くなりはじめた頃、残っている客は二、三人になっていた。玄関の門柱にかけてある看板が柱にぶつかり、その音がいそがしくなっていた。風が出てきたようだ。とうに鍋の火は消えていて冷気がしのびよってきていた。妻が「看板を家の中に入れた?」と言ったのはそれからまもなくであった。

最後の客が立ち上がった。靴を履きながら向こう向きのままポツリとつぶやいた。今年は荒れる一年かもしれんな」そのとき、また遠くのほうで雷が鳴った。
私は自室へ戻り敷き放しの布団にもぐりこんだ。ふと去年の日記を見てみたいという思いにかられた。しかし立ち上がって日記を持ってくるのがひどく大儀に思えて動こうとしなかった。
深夜、トイレのために起きたので机の上の日記を開いてみた。一月一日の頁には石川啄木の歌を一首書きつけているだけである。
何となく今年はよい事あるごとし、元旦の朝晴れて風なし」さあ、今年の最初の頁には何を書いたらいいのだろう・・・・・・・・。
(勤)
「高校生の一面には」

 正月三日高校生の女の子がふたりで来てくれた。ふたりともひさしぶりに会ったのだが、この年頃の女の子の変化にはいつも目を見張る思いをさせられる。ついこの前までは、男の子そこのけの活発さがあり、カッコイイ男の子の話など何の億面もなく口走っていたのに、この日の二人にはそういう軽さが少しもなかった。お節会料理に箸をのばすしぐさひとつにも、オヤと思わせる女らしさが見てとれた。
それでも時間が経つにつれてふたりはその場の雰囲気になれてきたらしくおしゃべりが賑やかになってきた。来年やってくる受験のこと、入学できたらホームステイで外国へ行くこと、テレビコマーシャルに出てくるアイドルタレントの人気順位にまで話は広がった。去年の暮れにわたしは島原鉄道に乗った。そのとき女子高生に席をすすめられた。「すみませんが、よかったら・・・」という短い言葉だった。私は下車駅が近いことを理由に辞退した。
そしてその後、席をすすめる側に立つものが、すみませんという言葉をつかうだろうかと妙なことが気になっていた。ふたりにこのことを話してみた。「なぜ、座ってあげなかったんですか」という言葉が返ってきた。私を見つめる目に厳しさがあった。
「ちょっとだけでも坐って上げればよかったじゃないですか。私たちは知らない大人のひとに声をかけるってなかなかできないんですよ。テレくさいこともあるけど、いいことをしてあげたいと思ってもおしつけがましいようでイヤなんですよ。その子も、きっとそうだったとおもう。だからすみませんて言ったんですよ。」
聞きながら私は わかった、わかった と心底からうなづくばかりだった。

(勤)

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